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死刑制度

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死刑制度
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   死刑制度

             団藤重光『死刑廃止論』有斐閣
            スコット・トゥロー『極刑 死刑をめぐる一法律家の思索』岩波書店
            森達也『死刑』朝日出版社
            澤地和夫『死刑囚物語』彩流社
             村野薫『死刑はこうして執行される』講談社文庫     

 死刑存置論と廃止論の主な論点をあげてみます。
 死刑賛成の理由
・悪いことをした報いを受けるべき
・被害者感情、報復感情
・犯罪の抑止効果
・再犯防止
・世論が死刑制度を支持している

 死刑反対の理由
・死刑は残酷な刑罰である
・国家でも命を奪うべきでない
・冤罪、誤判の可能性
・判決が不公平に適用される
・更正の可能性
・犯罪の抑止効果がない
・生きて償うべきである
・死刑執行に関わる刑務官の苦しみ

 これらの点について考えていきたいと思います。

  1,死刑と世論

 国連の報告によると、2008年7月1日現在、死刑を廃止もしくは事実上廃止した国・地域は141で、うち93は法律上も完全に廃止しています。死刑を維持している国・地域は、日本やアメリカを含む56。93年には事実上廃止が99(うち完全廃止55)、死刑維持が94でしたが、15年間で廃止派が約4割急増しています。

 先進国で死刑制度があるのはアメリカと日本だけです。しかし、アメリカでは1972年に連邦最高裁が「死刑は憲法違反」との判断を示し、各州が死刑を廃止したことがあります。1976年に最高裁が先の判断を覆したため、死刑を復活させる州が相次ぎ、現在、州法で死刑を規定しているのは50のうち37州で、そのうち21州では行政が死刑を凍結しています。つまり、死刑大国のアメリカでも、死刑が執行されている州は少数派なのです。

 ところが、日本ではなぜか死刑判決や死刑の執行が増え続けています。2006年の死刑執行国は日本を含めて25ヵ国です。

 少年法を廃止し、未成年も大人と同じ刑罰を科すべきだ、つまり18歳未満にも死刑を適用できるよう刑法を改正にしろ、と主張する人たちがいます。
 2006年に処刑された少年死刑囚(18歳未満)は、イラン4人、パキスタン1人です。世界的には少年を死刑にすることはもちろん、死刑自体が野蛮だと考えられているのです。

 村野薫はこう言っています。
「いまや世界から孤立しても、というか、アメリカに同伴さえしていればそれで世界のスタンダードとでもいうのか、積極的に死刑という制度をもり立てていこうというところまできているというのが、近年の日本の政治的立場なのである」(『死刑はこうして執行される』)

 しかし、世界の流れは死刑廃止だといっても、日本では世論が死刑制度を支持しているから死刑を存続すべきだと主張されます。本当に世論は死刑制度を支持しているのでしょうか。

 政府による世論調査(2004年実施)では、死刑制度の存廃についてこういう結果が出ています。
死刑制度に関して、このような意見がありますが、あなたはどちらの意見に賛成ですか
(ア)どんな場合でも死刑は廃止すべきである(6・0%)
(イ)場合によっては死刑もやむを得ない(81・4%)
  わからない・一概に言えない(12・5%)

 この結果から、日本では圧倒的多数が死刑に賛成していると言われています。しかし、この設問はおかしいですね。「死刑はなんかいやだな」と漠然と感じている人でも、「どんな場合でも廃止か」と聞かれたら、「場合によっては死刑もやむを得ない」と答えるのではないでしょうか。

「場合によっては死刑もやむを得ない」とする人(1668人)に、さらにこういう質問がされています。
将来も死刑を廃止しない方がよいと思いますか、それとも、状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよいと思いますか。
(ア)将来も死刑を廃止しない(61・7%)
(イ)状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよい(31・8%)
  わからない(6・5%)

 「場合によっては死刑もやむを得ない」と考える人(81・4%)の中で、「将来も死刑を廃止しない」と考える人は61・7%、つまり全体の50・2%です。
 「状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよい」と考える人は全体の25・9%、「今は死刑もやむを得ないと思うが、将来的にどうしたらいいかはわからない」人は5・3%です。

 まとめてみると、「死刑制度の存廃についてどう考えますか」という質問の結果はこうなります。
1,どんな場合でも死刑は廃止すべきである(6・0%)
2,状況が変われば死刑を廃止してもいい(25・9%)
3,場合によっては死刑もやむを得ないが、将来どうしたらいいかはわからない( 5・3%)
4,どんな場合でも死刑は存続すべきである(50・2%)
5,わからない(12・5%)

 つまり、「死刑は絶対賛成。廃止すべきではない」と考える人は約半数。それに対して、消極的死刑廃止も含めて「死刑を廃止してもいい」と考える人は3割ということになります。今は死刑に賛成だが、制度や状況が変われば死刑を廃止すべきだと考える人がかなりいるのです。

 そして、どうして死刑に賛成なのか、その理由として以下にあげられています。
「場合によっては死刑もやむを得ない」という意見に賛成の理由はどのようなことですか。この中から、あなたの考えに近いものをいくつでもあげてください。
(ア)凶悪な犯罪は命をもって償うべきだ(54・7%)
(イ)死刑を廃止すれば、被害を受けた人やその家族の気持ちがおさまらない(50・7%)
(ウ)死刑を廃止すれば、凶悪な犯罪が増える(53・3%)
(エ)凶悪な犯罪を犯す人は生かしておくと、また同じような犯罪を犯す危険がある(45・0%)

 (ウ)と(エ)は誤解です。最近は凶悪犯罪が増えている、治安が悪化している、だからもっと厳しくしないと、と思っている人は多く、そうした人は死刑に賛成だと思います。しかし、実際は犯罪は減っているということを知れば、考えは変わるかもしれません。

 ですから、「国民の大多数が死刑に賛成している。だから死刑制度を国民は支持している」という政府の主張は嘘です。世論の操作を行なっていると思います。

  2,命の大切さ、尊厳性

 今の日本、死刑制度がなかったら社会の秩序が保てない国なのでしょうか。とてもそうは思えません。
 日本は世界的に見て犯罪は少なく、治安もいいし、社会は安定しています。死にたいからというので人を殺す事件が起きているわけですから、死刑制度があることによって、かえって命を粗末にすることになっているのではないかと思います。

 人権の基本は命の尊厳を守ることです。どんな人の命もかけがえのないものですから、何よりも尊重されねばなりません。それはこの世に生を受けたすべての人の権利です。

 ところが、死刑は人間の生きる権利を奪います。死刑囚の澤地和夫は
「〝死刑問題〟を考えると、「犯人の死刑は当然」という世間一般の気持と、自分の目的実現のためには、もはや人を殺すこともしかたがないとする犯人の気持とは、その根本においてどこか心情的につながっているように思われます」(『死刑囚物語』)と書いています。
 「死刑囚が何を言うか」と思う人もいるでしょう。しかし、場合によっては人の命を奪うのもやむを得ないと考えることでは、殺人と死刑は同じです。

「国民に対して生命の尊重を求めながら、法がみずから人の生命を奪うのを認めるということでは、世の中に対する示しがつかないのではないでしょうか」(団藤重光『死刑廃止論』)

 どのような理由があろうとも人の命を奪う行為は、命の尊厳性を軽んじるものです。その意味で、死刑や殺人、そして戦争はいずれも命を粗末に扱うことです。死んでもかまわない人はいません。たとえ殺人犯や敵国民であろうとも。

 戦後しばらくは殺人事件が多かったのは戦争の影響が大きいそうです。昭和31年の死刑廃止法案の提出理由にこういうことが書かれています。
「現在のわが国においては、過去の戦争の影響により人命尊重の観念が甚しく低下し、これが殺人などの犯罪の増加の原因となっていると考えられる。ここにおいて国は進んで人命尊重の観念を昂揚すべきである」

 現在の日本では殺人事件が少なく、特に注目すべきは、諸外国では殺人を犯すのは20代が多いのに、日本では10代、20代による殺人が他の年代に比べて低いことです。
 外国の研究者が調べた結論は、日本は徴兵制がなく、戦後60年間、戦争していないからだそうです。

 戦場から帰ってきた人の心が荒んでいることは、ベトナム帰還兵やイラク帰還兵などの例をあげるまでもありません。そして、帰還兵の家族も影響を受けます。
 命の大切さという感覚を失うと、自分の命や他人の命を軽く考え、平気で命を奪うようになります。死刑にしても人の命を奪うわけですから、他人の命を粗末に扱うことでは殺人や戦争と同じです。

  3,死刑は残酷な刑罰

 EUは「死刑が残酷で非人間的な刑罰であり、生きる権利の侵害であると考えている」という声明を出しています。アメリカでも致死薬物による死刑は絞首刑や銃殺刑、電気処刑より人道的であるとの理由から37州で採用されていますが、薬物の注射で処刑する方法は憲法が禁止する「残酷かつ異常な刑罰」だとして訴訟が起こされました。

 アメリカでは薬物注射よりも非人道的とされる絞首刑は、実際にはどのように行われるのでしょうか。村野薫『死刑はこうして執行される』に執行の場面がこのように書かれてあります。

「落下した死刑囚はガクンと一度S字状に突っ伏すと、今度は縄がねじれるがままにギーギーと滑車をきしませて、きりきりまいしつづけるそうだ。落下時の頸部にかかる力は相当なもので、喉頭軟骨・舌骨、ひどい場合は頸部脊椎の骨折をもきたす。首まわりの筋肉も広範囲にわたって断裂、放っておくと肉がそがれたりするので、下で待ちかまえていた刑務官二人が適当なところでその揺れを止める。
しかし、それでも吊り落とされてから一分から一分半ぐらいは烈しい痙攣が「ウーウー」という呻き声とともにつづく。顔はひどい渋面、蒼白。首は半ば胴体から裂きはなたれて異常に長くみえる。舌は変形して目は重圧のため突出。口、鼻、耳などからも出血―と、正常な神経の持ち主ならまずは直視しかねる執行風景である。
が、死刑はこれで終わったというわけではない。意識はないものの、まだ死に絶えていないからである。この間、頸骨が折れておらず、手当さえよければ、人間はまだ十分生き返るはずだともいうが、もちろんそんなことがなされるわけもない。死刑囚は死んでこそ死刑囚なのだ。
やがて身体の引きつりも間遠になりだしたころ、死刑囚は手錠・目隠しをはじめて解かれる。医師によって最後の生命を計測されんがためである。地階に降りた医師はまず顔を検しながら脈搏を計る。そして脈搏が弱くなると今度は胸を開き、聴診器で心音を聴く。こうした動作が一分、二分、三分……と、沈黙のなかで続くが、医師が「ステルベン」と告げたときが、すべてが終わりを告げる合図である」

 執行後の遺体はどう処理されるのでしょうか。
「刑務官の指導のもと、服役中の受刑者たちで編成された〝処理班〟の手ですぐさま処置される。
まず、首に食い込んだ絞縄をはずし、鼻血や糞や小便もきれいにふいて、飛び出した舌は口のなかに納める。そして着衣を着せ替え、首に残る縄目の痕を包帯で隠して―と書けば簡単な作業のようだが、いってみれば殺害死体、非業の死であることに変わりはない。絞縄のかかりぐあいひとつで耳がちぎれることもあれば、眼球もこぼれ落ちる。とりわけ最後まで騒ぎ、喚き、暴れまくりつつ逝った遺体ほど醜い損傷を残しているという」

 日本国憲法でも第36条に「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」とあります。しかし、死刑は合憲とした判決が昭和23年が出ています。もっとも、60年も前の話であり、社会情勢は変化しているのですから、「死刑は残酷な刑罰だから憲法違反ではないか」という議論がなされてもいいと思います。

 ところが、宮崎勤死刑囚が
「踏み板が外されて落下する最中は恐怖のどん底に陥れられる。人権の軽視になる」
「法律は残虐な刑罰を禁じている。薬で意識を失わせ、心臓を停止させる方法にしなければいけない」
と書いた手紙が公開されると、何人もの人を殺した奴が「死刑は残酷だ」と主張するのは自分勝手だと非難されました。しかし、残酷な犯罪を犯した者を残酷に殺してもかまわないと考えるのは、殺人を犯すのと同じ発想です。

  4,取調

 常に厳正な捜査がなされ、被疑者の取り調べが行われ、そして審理が行われるかどうかはわかりません。
 亀井静香は森達也のインタビューにこう答えています。
「警察官僚出身だからこそ、冤罪がいかに多いかを私は知っています。私自身がね、誤逮捕しかけたことが過去に二回あるんです。つまり冤罪です。起訴されてからも裁判官は検面調書(検察官が取った調書)を何よりも優先する。目の前で被告人が『検事から誘導されて言ったんです』と主張しても聞く耳を持たない。あれはひどい」(森達也『死刑』)

 日本では取り調べの際に拷問はなされていないと思いたいですが、はたしてどうなのでしょうか。
 日本では逮捕されてもすぐに弁護士がつくわけではなく、代用監獄制度といって、逮捕されると最長23日間も留置場に入って取り調べを受けることになります。そのため、自白が強要されてしまいがちです。

 警視庁に22年間勤務した死刑囚の澤地和夫はこう書いています。
「警視庁の現職にあった身での私の体験からして、「犯人の自白」が必ずしも信用できるものとは言えないことを感じています」
「警察部内のことを知る一人として正直なことを申せば、特に捜査関係でいえば、かなりいい加減な点が多々あったことだけは事実です。たとえば、調書の最後に本人の署名と指印を求めた、いわゆる「白紙調書」がまかりとおっていて、そこに担当刑事の意図する文面が、その「白紙調書」にうまっていくのです。
 そして、警察の調書のことや後々の裁判のことについて何も知らない容疑者は、「悪いようにしない、オレを信用しろ…」などと優しげな刑事に言われると、ついそれを信じてしまうのです」(『死刑囚物語』)

 無実の罪で死刑判決を受けた袴田巌さんが昭和52年に提出した上申趣意補充書にはこう書かれています。
「調官等は私の肉体の弱点を突くことによって、精神を完全に破壊するばかりか、当時、私は鼻で息ができないのに口をちゃんと閉じろ、背を伸ばせといい、刑事の一人が後に居て頭や背中を殴ったり、拳で突くという拷問が連日連夜に渡って行われたのであります。この過酷な暴行を続けるに当り、警察官の体力にして三、四時間しか持たなかった程である。その為、警察は調官を三組から四組に構成して残忍な暴行を継続したのである。調官は四組に別れているのであるか、長い組でも五、六時間の暴行をすれば、後は休める。然し、被疑者は右の全ての時間を、いわば休みなしである」
 45通の自白調書のうち、44通は任意ではなく強制されたとして証拠採用されなかったのですから、袴田さんの言っていることは嘘とは思えません。

 林眞須美『死刑判決は『シルエット・ロマンス』を聴きながら』は家族との書簡をまとめたものです。夫への手紙で、警察での取り調べについてこう書いています。
「東警察では、13~15時間の取調べが毎日続き、私は座っているのが仕事だと思っていた。取調べは初日からとてもきつく、三畳もない狭い白い壁の中で男子三~四人に机と私で。あなたよりも私の方がはるかにきつかったと思うよ。
 机はけるし、イスはけとばすし、大きな声でどなるし、一人の刑事は私の真横、一人はまん前、一~二人は書記と、換気扇も窓もないへやでタバコを一日三箱以上すうし、灰皿はひっくり返す。一人の刑事は、ぐうの手で殴ってくるし、実際取り調べを受けたものでないとわからないよ。私は、もう三日目には頭がへんになり、目に幻覚というものが見えてきて、気が狂いそうで三日目には調書も作りかけた。そしたら、一人の刑事が〝やりました〟の五文字を書けといって、座っている私の左腕を思いっきり殴ってきた。私は殴られた時目が覚め、立って右手をぐうにして、思いっきり刑事の左のほっぺたを殴り返してやりました。向いにいてた他の刑事は、殴り返したことにとても驚いていた。
 私を殴った刑事は、私に殴られたことで刑事のプライドがとても傷ついたことを理由に、はげしくあばれて、そこらをけとばして出ていきました。私のことを「殺しちゃろか」というので、「根性あるなら、今ここで殺せ」といってやりました。他の二人の刑事は、私に〝ええ根性した女やなあ〟といってきたけれど、私は四人の子供がいたからとても強く三ヶ月おれました。最後の方にはむりやりボールペンで〝やりました〟と書かされそうになったことも何度も何度もあった。私に殴られた刑事は、大泣きで〝やりました〟と書いてくれと何度も頼んできました」
 そして、こうも書いています。
「弁護士さんは有罪死刑と決め付けてるからスカンのよ。最初からね。私の家族六人以外にないというし。ケイサツでも私がしてないと言えば「ケンジというのか。ケンジは歩けやんのや。子供にさすんか」、子供にさすんなら私に早く認めろ。こればっかり。弁護士も林家の六人というのが裁判上、考えるのか当り前というんよ。腹立つやろ」

 2007年に起きた、夫を殺して殺害して遺体を切断、遺棄した事件の一審で、検察は三橋歌織被告の自白調書を撤回しています。
「歌織被告は被告人質問で「警察官や検察官の取り調べで、怒鳴られたり脅されたりして、不本意な調書を作られた」と述べ、供述が任意ではなかったと主張。取り調べの際に検察官から「風俗で働いていた。犬畜生と同じだ。おまえの事件なんて、どうせ男とカネなんだろ」などとののしられたと述べた。検察官の作成した調書の内容を否定し続けると、以前中絶した時の胎児のエコー写真を机の上に並べられて「法廷でこの写真を出していいのかと脅された」と訴えた」(中日新聞)

 このように、しばしば取り調べでは自白が強要されているようです。
 たいていの人は毎日取り調べを受けていたら、何もしていなくても言われるままに自白することになるのでしょう。
 こうやって冤罪(事実誤認)が生じるわけです。富山の婦女暴行事件や鹿児島の選挙違反事件といった冤罪は氷山の一角です。

  5,冤罪と誤判

 では、裁判ではちゃんと審理がなされているのでしょうか。
 東京大学名誉教授であり、最高裁判事だった団藤重光は死刑廃止論者です。裁判官が誤った判決を下す誤判の可能性が否定できない、だから死刑は廃止すべきだと、団藤重光は主張しています。
「万が一にも誤判によって無実の人が処刑されるようなことがあれば、それは言語に絶する不正義であって、それはあらゆる死刑=正義論を根底からくつがえす。しかも、裁判が神ならぬ人間の営みである以上は、誤判を絶無にするということは性質上不可能である。死刑制度が存在する以上は、必然的に誤判による処刑の可能性が内在しているのである」(団藤重光『死刑廃止論』)

 「刑事補償法」という法律があります。その中に、
「第四条 3 死刑の執行による補償においては、三千万円以内で裁判所の相当と認める額の補償金を交付する。ただし、本人の死亡によつて生じた財産上の損失額が証明された場合には、補償金の額は、その損失額に三千万円を加算した額の範囲内とする」
とあります。死刑によって処刑されたあと無実だとわかった人に対しては国が補償をします、という条文です。つまり、無罪なのに処刑される可能性があることを国は認めていることになります。

 罪を認めている者の場合、冤罪ということはあり得ないのだから、死刑にしてもかまわないと言う人がいます。冤罪は厳密な意味での法律用語ではなく、法律用語では「事実誤認」というそうです。たとえば殺そうと思ったわけではないのに殺意があると認定されて傷害致死が殺人に、あるいは窃盗と殺人が強盗殺人とされるのも事実誤認、つまり冤罪です。

 だったら、現行犯で逮捕されたような場合は死刑にして、冤罪の可能性がある時には無期懲役にすればいいではないか、という意見もあるでしょう。しかし、そうはいきません。
「事実だとすれば死刑以外にないというような極度に悪い情状の場合に、事実認定に一抹の不安があるという理由で死刑を無期懲役にするという理屈は、現行法上では成立しません」(団藤重光『死刑廃止論』)

 検事をやめて弁護士になったベストセラー作家のスコット・トゥローは『極刑 死刑をめぐる一法律家の思索』で、冤罪が起こる理由をこう説明しています。
「異常で大変不快な犯罪が、怒りや特に憤激といった、人々の最も高ぶった感情を引き出し、その結果、捜査官や検察官、裁判官、そして陪審員の理性的な考察を困難にしてしまっているのである」
「極悪事件が引き起こす怒りと悲しみの激しい熱情が、我々の判断を狂わせてしまうことは避けられず、それは常に無実の者に対する罠ともなる」

・警察の見込み捜査の問題
「こういった事件を解決しようとする途方もない重圧のために、警察はしばしば、最初に得た直観にとらわれてしまう」

・死刑回避のために罪を認める被告の問題
「死刑裁判において検察官は、被告人に対して大変有利な立場にいるのだ。死刑判決を免れようとする被告人は、有罪を認める場合がほとんどである。死刑に固有のリスクとは、生死に直面した無実の者が有罪を認めてしまう可能性にある」

・陪審員の選び方の問題
「裁判になった場合、法は、死刑判決を下すことを拒否すると述べた者を、陪審員から外すよう定めている」
「その結果として、陪審員候補者にはより多くの死刑賛成派がいる傾向になる」

・陪審員の問題
「法執行機関の専門家が、重大な犯罪に関してこのように情緒的に反応してしまうのであれば、陪審員席に連なる素人に、より適切な対応を期待するのは無謀といえよう」
「私は、恐ろしい犯罪で起訴された被告人に対する挙証責任を被告人に負わせてしまう、陪審員の好ましくない傾向を見て取った」
「陪審は極悪非道な人物をわれわれの社会に野放しにする危険は冒したくないため、常に合理的な疑いの余地のない証拠を求めるとは限らないのである」

・事実の解明よりも出世を第一に考える裁判官の存在

 スコット・トゥローは「被告人席に座っていればマザー・テレサでさえも有罪の危険にさらされていたかもしれない」とまで言っています。

 死刑囚だった免田栄は、
「獄中34年の間に、約70人の死刑の執行を見送り、そのうち5人は確実に無実であり、また判決に事実誤認がなければ死刑にならなかったと思われる人が20人はいた」(『免田栄獄中ノート』)
と語っています。
 アメリカでは1973年から2005年にかけて、死刑確定後に無実が証明されて釈放された人は25州で122人いるそうです。

 冤罪なのに処刑される人がいるとしても、社会秩序、道徳を守るためには仕方ないという意見もあります。それに対して元警察官僚だった亀井静香はこう反論しています。
「人によっては、そんなことはほんの何万分の一の確率だから、社会防衛上しかたがないなどと言いますが、無実で処刑される人にとっては、何万分の一じゃなく100パーセントの話なのです。そういうことを同じ人間がやっていいなんて、ゆるされるべきことではありません。
 そんな「何万分の一だから、社会防衛のためだから、いいじゃないか」というような感覚は、今、世の中を覆っている「自分さえよければいい」ということと共通する面があると思います。自分が安全であるために一つのリスクはやむをえないというような感覚です」(森達也『死刑』)

(つづく)

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