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量刑判断が素人にできるか。裁判員は世間の感情に悪のりした制度である

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量刑判断が素人にできるか。裁判員は世間の感情に悪のりした制度である

http://www.bitway.ne.jp/bunshun/ronten/ocn/sample/ron/08/005/r08005BNA1.html

あらしやま・こうざぶろう

嵐山光三郎 (作家)

仕立屋が手術にかり出されるようなもの

 裁判員制度は「市民の司法参加」というお題目で政府がPRするけれども、ようするに、お上が「一般国民にも裁判官をやらせてやるから、おまえら、指名されたら断るんじゃないぞ。断ったら罰金だ」といっている。裁判官の徴兵制というべき制度である。

 私が裁判員に指名されたら、国外逃亡するしかない。真剣にそう考えている。ほとんどの国民は裁判の素人であって、他人を裁くことはできない。

「人を裁く」という行為を、感情を入れずに客観的に実行するのが裁判官で、裁判のキャリアをつんでいない人に判決を下すことはできない。

 私が裁判員ならば、有罪を示すデータを検察官に出されれば、もとよりカッとくる性格だから、「とんでもねえ野郎だな。こんな凶悪犯人は死刑にしちまえ」と思うだろう。

 最近の殺人事件は、テレビのニュースをきいただけで頭に血がのぼる凶悪なものが多く、「こいつは死刑だ」と予測する。けれど、死刑にされて当然と思う人が無期懲役になると、なんとなく腹だたしい。裁判員制度が世に出てきたのは、そういった世間の感情に悪のりしている。

 いかなる凶悪殺人犯であっても、殺したほうにもそれなりの背景があって、その事情を弁護士が弁護する。告発する側と弁護する側がいて、双方の言い分をきいて、最終的に判決を下す。

 これは経験をつんだ法知識のある職業裁判官でなければ、できることではない。素人には量刑の判断が不可能で、あてずっぽうの市民感覚ではきめられない。懲役三年と一〇年と二〇年はどこが違うのか。無期懲役と死刑の判断はどこにあるのか、わからない。これは職業裁判官も同様であって、過去の量刑相場が判断の基準になる。職業裁判官は、過去の量刑相場(アンチョコ)に従って判決という答えを出す。

 私は、情にもろい人間でもあるから、弁護士の弁護をきいているうち、「なるほど、気の毒な生いたちで、今回に限り無罪放免にしてやりたいなあ」と同情する。さきほどまで「死刑にしろ」と考えていたのに、コロリと変わってしまう。

 そうこうするうち、どう判断したらいいかわからなくなる。だけど、一週間そこらで判決を出さなければならない。迷っているうち、職業裁判官に誘導されて、「まあ、過去の判例ではこんなところでしょう」といわれて、それに従う。

 なにもわからぬ素人が、プロのいいなりになって、判決を下すことになる。洋服の仕立屋がガンの手術にかり出されるようなものだ。


素人に死刑宣告されて冤罪だったらどうする

 私は、自分が正しい生き方をしているという自覚がない。法に従って犯罪者にならぬよう努めているが、あとは自分でやりたいようにやり、他者から「とんでもない野郎だ」と思われるように生きている。意図的にグレている。したがって、他者に無期懲役や死刑を宣告する資格も権利もない。

 なにより恐ろしいのは冤罪である。無実の人に罪をきせるなんてことはできない。裁判員制度は、裁判員に指名された素人が、冤罪に加担する危険性をはらんでいる。

 あるいは、私がなんらかの事情で殺人事件にかかわり、誤認逮捕された、とする。検察官に起訴されて裁判となる。

 そのときの裁判官に、裁判員制度によって選ばれた素人が入っていると、不安である。素人裁判官に死刑を宣言されれば、死にきれない。被告の立場からすればきちんとした職業裁判官に判決を下していただきたい。誤認逮捕であっても、裁判官様ならば、きちんと公平にきいてくれるだろう、という期待がある。

 三権分立で、司法は、行政、立法より独立している、というくらい、殺人容疑者だってわかっている。その漠然とした期待を裏切るのがこの制度である。素人の裁判官に判決を下されるのは秘密警察下の裁判に通じる。

 冤罪を作り出す側に回るのが怖いし、冤罪の被害者になるのも怖い。

 裁判員は二〇歳以上の日本国民を対象とする。市町村の選挙人名簿からくじで選び、地方裁判所が候補者に通知する。

 ある日突然、国が「裁判員になれ」と指名するのである。いやだといっても断ることができない。

 例外的に辞退できるのは、七〇歳以上の者、重い疾病や傷害で出頭が難しい者、介護養育が必要な同居の親族がいる者、処理しなければ事業に著しい損害が発生するおそれがある用件がある者、父母の葬式への出席など日にちを変えられない者、などである。

 ここでは「やりたくない」は辞退理由にならない。総動員方式だから例外は認められず、「人を裁く自信がない」といっても辞退はできない。辞退は原則禁止である。

 理由なく出頭しなければ一〇万円以下の過料(行政罰)。「いやだ」といって無視すれば罰金をとられる。ひとことでいえば、裁判員という赤紙だ。


強制的に指名しておいて他言無用はないだろう

 裁判員は、裁判の評議について守秘義務を負う。裁判員が評議の秘密を漏らしたときは六カ月以下の懲役刑か五〇万円以下の罰金刑に処せられる。

 人を強制的に裁判員に指名しておいて、他言無用はないだろう。うっかり話すと処罰される。

 私が裁判員にしょっぴかれれば、その評議の内容を書く。書かなくても、「どうでしたか」と人に訊かれれば話すだろう。体験したことを書くのが私の商売である。

「いやだ」という人間を無理やり裁判員として駆りだし、その評議の様子をしゃべると、こちらが犯罪者となる。めちゃくちゃだ。警察に逮捕されて、取り調べの様子を話したって、そのことじたいは犯罪にならない。これは憲法で保障された「表現の自由」である。

 刑罰をもって人の口を封じるは、専制国家のやりくちだ。「被告人の殺意の有無が評議で議論になった」といっても、罪に問われる。

 裁判員が評議するのは、殺人などの重大事件に限られる。職業裁判官三人と裁判員六人で評議するのが基本だが、どの証拠を調べるかは、裁判員が参加する前に、裁判官だけで決めてしまう。

 評決まで最長一週間程度。評決の内容は夫婦間でも漏らすと懲役刑になる。


国会議員は誰でもなれるが裁判官は違う

 時代が一世紀昔に戻っためちゃくちゃな制度だが、こんな制度が、二〇〇九年(平成二一年)五月からスタートするのである。

 あまりのひどさに、日本新聞協会は、二〇〇四年四月二日に、政府の案を修正する声明を出した。憲法が保障する「表現の自由」を制限し、報道、取材が制約され、国民の知る権利が害される、からである。

 日本雑誌協会も、〇四年四月二三日、反対の抗議声明を出した。あまりに拙速な審議できめて、その内容が重大なメディア規制につながるためだ。日本雑誌協会の抗議声明は、

(1)国民に裁判員参加を義務づけるのは、個人の尊重と幸福追求を保障した憲法一三条、思想良心の自由を保障した憲法一九条、信教の自由を保障した二〇条に違反する。被告人の立場からは、公平な裁判を受ける権利を保障した三七条に違反する。

(2)裁判官三人、裁判員六人では、公正な判断の最低基準も満たされない。

(3)自分の意見をメディアに訴える裁判員がいるときに、その取材を一切禁じる規制が問題だ。アポなし直撃取材が多い雑誌メディアは威迫罪成立の危険にさらされる。

(4)生涯にわたる評議の秘密保持と、裁判員選定過程に無理がある。報道のため、さまざまの関係者に接触を試みることがメディアの使命であり、裁判員法はメディアに対する規制そのものである。

 日本新聞協会、日本雑誌協会のメディアが反対声明を出しても、お上は、この悪法を強行しようとしている。この法案は国会の審議が信じられないほど短く、ほとんどの人にとって、「寝耳に水」であった。

 小泉内閣は、小泉チルドレンを大量に誕生させて、だれでも国会議員になれることがわかったが、裁判官はそうはいきません。

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