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日本人は「死刑」をなぜ支持するのか?~『死刑』森達也さん【後編】 (我ら、文化系暴走派)

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日本人は「死刑」をなぜ支持するのか?~『死刑』森達也さん【後編】 (我ら、文化系暴走派)

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080324/150969/

2008年3月27日 木曜日 朝山 実

 〈……少なくとも死刑を合法の制度として残すこの日本に暮らす多くの人は、視界の端にこの死刑を認めながら、(存置か廃止かはともかくとして)目を逸らし続けている。

 ならば僕は直視を試みる。できることなら触れてみる。さらに揺り動かす。余計なお世話と思われるかもしれないけれど〉(『死刑』より)

 「ゲシュタルト崩壊って、わかりますか?」と森さんは尋ねてきた。漢字をじっと見つめていると、字がゆらゆらと崩壊していく。死刑について考えていると、そんな思いを何度となく繰り返してきたという。

 僕はこの本で、「死刑を凝視せよ」みたいなことを言ってはいるんだけど、いざ凝視していると何がなんだかわからなくなる。やってみて、とてもやっかいなテーマだと思いましたね。

 これはオウムの事件以降、ずっと考えていることでもあるんだけど、日本人の特殊性って何なんだろうか。世界が死刑廃止の趨勢にあるなかで圧倒的な死刑存置を支持するこの国の特殊性を考える作業は、日本人について考えることと重なるんです。

―― 日本人の特質というと、ワタシはマスコミのバッシングが気にかかります。芸能人でも政治家でも、さんざん持ち上げたあげくに、一夜にして、寄ってたかってリンチのように吊るし上げにする。イジメはいけないと呼びかけるメディアが、獲物探しを楽しんでいるふうにも思える。もうひとつは、結論を急ぐ、イライラしている傾向も気にかかります。

 話が逸れるかもしれないけど、今、国内線の飛行機には、ライターを二個以上持ち込むことは禁止されているんですよね。テロ対策という名目なんだけど。



森達也(もり・たつや)

映画監督、ドキュメンタリー作家。1956年生まれ。98年オウム真理教の荒木浩を主人公とするドキュメンタリー映画「A」を公開、各国映画祭に出品し、海外でも高い評価を受ける。2001年、続編「A2」が、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。著書に、『「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔』『A2』(現代書館)、『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』(晶文社)、『いのちの食べかた』(理論社)、『ドキュメンタリーは嘘をつく』(草思社)、『森達也の夜の映画学校』(共著・現代書館)など。ホームページはこちら

 以前はタバコを吸っていましたから、僕も何回もチェックのときにひっかかって没収されてきた。でも、一個なら持ち込んでもいいと言われる。「なんで一個はいいの?」と聞いたことがある。答えは、「お客さん、タバコを吸うのに困るでしょう」。

 それで、小声で係官に「これ、ヘンじゃないですか?」って言ったら、「わたしもそう思います。でも、そう言えと言われているんです」だって。確かに空港のいたるところに「二個以上お持ちの場合は一個を残して没収します」と表示されています。

 明らかな論理矛盾ですよね。テロ対策が理由なら一個を許したら意味がない。テロリストが喫煙者ならどうするのでしょう? 不安や恐怖が前提に置かれることで、ふつうに考えれば「あれ?」というようなことが、いつのまにか当然のルールや慣例になってしまっている。こんな事例が最近はとても多い。ライターならまだ大事にはならないけれど、でも人はこうして歴史的な過ちをくりかえしてきているんです。

思考停止の恐ろしさ

 本書でも、たびたび「慣例」が取材を阻むことになる。刑務所など関連する施設では、取材活動に対しても当然のごとく「制限」が加えられる。刑場の施設は、国民に対して非公開。執行そのものも、ベールに包まれている。さらに、監房内で受刑者が使用できる筆記具の色や便箋の枚数まで、まるで女生徒のスカートの膝丈寸法を定めるかのように指定されている。マーカーの色はなぜ決められた色に限定なのか。規則であるからとの答えしか返ってこない。紋切り型なシステムが、日本を覆う。そのことに不安を覚えてしまうのは、おかしなことなのだろうか。

 ナチスのアドルフ・アイヒマンの裁判を思い出します。ホロコーストを遂行した幹部の一人である彼は、検察官や裁判官に何を訊ねられても、「命令に従っただけ」としか答えない。言い逃れじゃなくて、おそらく実際にそうなのでしょう。システム化することで端数が消えてしまう。アイヒマンは見るからに中間管理職のような風貌です。凡庸な悪ですね。でも、その帰結として、気がついたら膨大な数の命が犠牲になっている。

―― 戦争犯罪に加担した意識についていうと、戦前の日本にも通じるものですよね。

 戦前だけでなく、戦後もそういう部分は変わっていない。さっきのライター没収の話にもつながります。熊井啓監督の「帝銀事件 死刑囚」の映画をつい最近、見直したんです。

 事件は1948年で、映画が撮られたのは63年かな(※64年劇場公開)。その映画の中で、新聞記者たちが「世論が平沢は犯人だといっているんだから、それに従うしかありません」とデスクに詰め寄っている。

 あの事件は、何も物証がないまま、状況証拠だけで死刑判決が下された。当時のマスコミは新聞でした。今はテレビという、より市場原理に敏感なメディアが民意を先取りしようとする時代です。その影響力は昔の比じゃないでしょう。

 朝山さんがさっき言われた、昨日までは褒めそやしていたのを一夜明けたらバッシングする。いまのメディアの状況をみると、日本中がある意味で臨界状況にあるのでしょうね。

 今日もね、ここに来るまで、駅のところに、警察官と例の毒ガス防護服を着た人がうろうろしていて、何が起きたんだろうと驚いたんだけど、千葉県警と消防署が合同で行ったテロ対策の訓練だったようです。

 しばらく見ていたのだけど、メディア用に何度も防護服の隊員がポーズをとったり、訓練というよりもアピールでしたね。まあ訓練することは悪くはないにしても、でもこのセキュリティへの喚起は激しくなるばかりです。

 電車に乗ったら「不審物を見かけたら……」という例のアナウンス。街のいたるところに、特別警戒実施中とかテロ警戒中のポスターやサインボードが目につく。もちろん監視カメラは増殖中。自警団も増えるばかり。日本中が慢性的な擬似避難訓練状況に陥っている。非日常的な状態が日常化している。

 つまり、本来なら異常な事態のはずが常態になってしまっている。そして、仮想敵に脅えながら待ち望んでいる。そういう不安や恐怖が慢性的に臨界状態にあるからこそ、悪い奴を成敗してくれる強力な後ろ盾を、人は求めたくなるんでしょうけど。

「死刑」から日本の特殊性を読み解く

―― 国家に対するセキュリティの要求は、日本だけのことだと思わないんですが、こと死刑に関しては、海外では廃止の方向に動いているのに、日本だけが存置で固まっている。なぜだとお思いですか?

 確かに危機管理意識の高揚は、9・11後のグローバルな現象です。でも日本人は特に染まりやすい、それでいて、個人プレーを許さないお国柄がある。なぜなら集団への帰属意識が突出して強いのだろうと思います。だからこそ「KY」なんてフレーズが流行する。空気を読むことは大切だけど、日本人の場合はそれが空気に従えに直結してしまう。同調圧力ですね。

 群れて生きることを選択した人類の普遍性ではあるけれど、この国はそれがとても強い。だから想像だけど、かつてアジア諸国も、一人ひとりは善良で思いやりのある日本人が、国家や軍隊という組織になったときに、どうしてこれほど無慈悲になれるのだろうと驚いたんじゃないかな。

 首相が靖国に参拝すると、いまだに中国や韓国は、ゆゆしき問題だと怒る。なぜ彼らがこれほど過剰なまでに日本を警戒するのかというと、集団になったときに相が転移する日本人の怖さを、どこかで記憶しているからではないかな。

 それは最近の亀田問題や沢尻エリカ騒動からも感じることだし、とにかくこの国は一極集中・一斉傾斜が激しい。この傾向が仮想的の論理に組み込まれたらと考えると、やっぱり相当に怖い存在ですよね。

 石原都知事が以前、日本軍は強いんだ、みたいなことを公式に発言したけれど、実際にそうなのでしょうね。アイヒマン的な人が多いから。


―― 豹変する怖さというのが、日本人の特色であるかもしれないということですか。

 熱力学に、相転移というのがあって、一個一個のH2Oは変らないのに、水が液体になったり氷になったりすることをいうんです。じゃ、零度の状態は水になるのか、氷になるのか、どっちだと思います?

―― ……水かな?

 これね、学校教育では、水は零度で氷になり、氷は零度で水になる、と教えています。つまり、零度の状態の水は、個体でもあり液体でもある。物理的には確定できない。この零度の状態の水をコップに入れて、指でちょっと衝撃を与えると、一瞬にして氷になってしまうことがあるんです。臨界状態における物質の振る舞いのひとつの特性です。一瞬にして相が変わる。

 日本人はこの臨界点が低い。だから、ちょっとした刺戟で一色に染まってしまいやすい。その閾値が今、不安や恐怖を燃料にさらに低くなっている。僕はそう感じます。

 集団行動が突出して得意だから、あの敗戦から十数年で高度経済成長を成し遂げた。だから美徳でもある。でも今、日本人のこの属性が、とても危険な方向に向かっている。死刑制度はそのシンボルのようにも思えます。

 死刑という制度は、罪を犯した人への想像を「凶悪な犯罪者」として、ひとくくりにして終わらせる。犯罪の背後にあるものを考えることなくすませてしまう「閉じた回路」の象徴だと森さんはいう。


『死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいと思う』森達也著、朝日出版社

 さっき、朝山さんは、何でそんなに結論を性急に出したがるんだろうと言われたけれど、それはやっぱり、不安で余裕がないからでしょうね。

 悪い奴はどんどん捕まえてほしい。それは自分の身体の健康に自信がないのと同じことです。なんとなく調子が悪くて、医者に行って、べつに悪いとこはないですよと言われても安心できない。悪い箇所を言われて、人は初めて安心できる。

 社会も同じで、悪いものは予防したい。悪いものを早く同定したい。だから仮想敵を求めてしまうのだろうし、それがいまなら対外的には北朝鮮であったりアルカイダだったり。対内的には、犯罪者やカルト集団。そういったものを一律に排除しようとする意識が強まっている。あの騒音おばさんの報道なんてひどかった。晒し者。ほとんど公開リンチでしたね。

 そういう空気が濃密になるこの状況において、相転移が対外的に為されるときには戦争になるし、対内的には死刑制度が嵌るんでしょうね。

 共通することは、悪の抹殺への希求。でも、その悪の実相には目が届かない。こんな世相を背景にすれば、もっと自動的にできないものかと発言する法相が現れることにも何となく納得がゆきます。もちろん発言の内容に納得するわけじゃないけれど(笑)。

 森さんは、この本の取材を「ロードムービー」だという。立ち止まることが珍しくない旅。予期していたこととはいえ、死刑について考えることは、一人ひとりの死生観、制度の矛盾、人の「生」を検証する作業にも連なっていくことだと森さんは気づいた。

組織が殺人マシーンになるとき

 今回、取材してみて、冤罪の多さには驚きました。ある程度は知ってはいたけれど、これほどに多いとは思わなかった。冤罪と判明しているものはほんの一部です。でもその過程を取材すれば、同じようなことはいくらでもあることが容易に推察できます。

 警察の取調べがいかに杜撰で乱暴か、検察はいかに恣意的に罪を作るのか、それはつくづく実感しました。

―― 最近も、富山県のタクシー運転手が強姦容疑で服役したあとに真犯人が現れて冤罪が明らかになった事件であるとか、鹿児島の志布志の選挙違反の捏造事件など、警察、検察の暴走が危惧されるケースがあります。

 それらは氷山の一角といっていいでしょう。検察庁というのは、視点によっては殺人機関だとつくづく思いましたね。おそらく多くの罪なき人たちが、警察や検察の組織の論理で処刑されています。でも、彼らにその意識は薄い。要するに、我らの内なるアイヒマンです。

 警察も検察も、自分たちが間違っているとわかっていても、組織として強引に犯人に仕立て上げていくことがある。志布志のケースは、事件も起こっていなかったんですから。

 じゃ、彼らが、悪人なのかというと、そうじゃない。一人ひとりは、きまじめに仕事をしている人間なんでしょう。それこそ、決まりなのでライター一個を没収しますと言った空港の職員がそうであるように、愚直に仕事をしているだけ。だからこそ恐い。

―― 人は、場によって、状況、環境などの条件によって、どんなふうにも変わりうるということですよね。

 死刑制度の有無そのものが、環境条件ともいえるんです。ひとつ言えることは、死刑によってもたらされる犯罪抑止論は、現在においてはほとんど空論であることが実証されているということです。

 廃止国で凶悪犯罪が増えたという前例はほとんどない。スウェーデンやカナダなどでは死刑を廃止した後に、犯罪が減ったというデータすらある。

 だから思うんです。亀井静香さんも言ってましたが、国家による殺人を認めてしまっていることの悪影響もあると思う。

 人は人を殺してはいけない。僕は子供にそう教えたい。でも現実にはこの国は、悪人だからとの理由で人を殺している。そんなニュースがテレビから聞こえてきたとき、僕はやっぱり息子に、どんな場合でも、絶対に人は人を殺してはいけないと伝えたい。ならば、この国のこの制度は間違っていると言うしかない。

 僕は、どんなことがあっても人を殺さないという意志を国家が見せることのほうが犯罪の抑止になるんじゃないかと思うんです。

―― たしかに、それは一理あるかもしれない。親が始終、カネ、カネ、カネといっていたら、子供はお金で人をはかるようになるでしょうし。

なぜ死刑囚はキャッチボールできなくなったのか

 同じものを見ていても、すこしだけ視点をずらしてみると、ちがうものが見えてくる。たとえば上から見ると丸いコップも、真横からは長方形に見える。森さんのルポの特色は、行き詰まったときに、息抜きの場を盛り込んでみるところにある。

 映像の仕事が長いから、自然と身についたということはあるでしょうけど。でも、話が脇道に逸れるというのは、読者にとって、息抜きであるとともに、僕もどこか書いていて息を抜きたかったというのはあったんだと思います。

 ただ、今回は辛かった。毎晩、枕元に死刑の本を並べて寝るわけです。図解入りの処刑方法を紹介した本だとか。そんな日が続くとツライですよね。だから目を逸らすわけではないけれど、ずらしてみたい。

―― 『死刑』で、興味深いのは、1965年を境にして、死刑囚を取り巻く環境が変わっていることを指摘していた箇所です。激変といってもいいですね。

 それまでは、塀の中とはいえキャッチボールをやったりして、ある種、のどかな場面があった。それが管理一辺倒に変わってしまう。それこそ水が凍ってしまうかのように融通が利かないものになっていく。変わったことの合理的な説明をなすべき人も、説明できずにいる。

 65年というと、高度経済成長期で、企業が成熟していった時代ですよね。リスクヘッジという言葉が生まれたのも、この頃じゃなかったでしょうか。企業がいろんなところでリスクを軽減するために責任を分散化していった。

 そうすると何が起こるかというと、責任の所在がわからなくなる。結果、不祥事が起こると、誰が悪いんだと責任をなすりあう。

 誰が、じゃない。みんな、なんです。でも、人は責任をなすりあう。誰か悪い奴を見つけたくなる。

 仮想敵の論理と少し似ていますね。かつての戦争もこうだったのではないか。

 結局、国民も軍部もメディアも政治家もみんなが加担していったにもかかわらず、戦争が終わってみると、軍部の一部の指導者に責任を押し付けようとしてきた。

 確かに指導者だから責任は取らなくちゃいけない。でも、彼らが悪いからこうなったわけじゃない。加担したのは、あの時代に生きた全員です。そういった構造の中で、公害だとか、薬害だとか、様々な歪な構造が進行し、弱くて小さな人たちが犠牲になる。

 殺人事件の統計だけを見ると、減少傾向にある。その一方で、組織としての警察は肥大化してきた。役所は予算で動く。大きくなった図体を維持するために、その必要性を組織は演出することにもなる。なんともおかしなことが行われている。



花粉症の原因と同じ。雑菌が減ったから身体のなかの免疫細胞が必要以上に焦って、杉の花粉という、本来は無害な存在を仮想敵に設定するんです。

 組織の新陳代謝を保つためには「悪の供給」が必要になる。戦後のピーク時に比べたら、現在は殺人事件の件数はほぼ3分の1以下に減少しています。昨年の殺人事件の発生件数が、実は戦後最低だったなんて誰も知らないでしょう。

 メディアも治安の悪化をあおりますから。こうして現実とは遊離した体感治安ばかりが悪化して、仮想の悪が作られる。死刑が急激に増えてきた背景に、このメカニズムが働いていることは確かでしょう。

裁判員制度という思想統制

―― 裁判員制度も、何の準備も整わないままに見切り発車しようとしていますが。

 僕は大反対ですね。選挙人名簿から無作為に抽出した人に対して「守秘義務」を課すわけですよね。

 ここからしてありえない。無作為に選ぶのなら義務を課してはいけない。僕は、守秘義務なんていやですよ。しゃべると思う。しゃべりまくるんじゃないかな。

 しかも、無作為といいながらも死刑廃止論者は選ばないという話を耳にしたこともあるし。となると、これはもう思想信条のチェックが行われるということ。戦前回帰ですよ。

 実際に被告を目にすることで、簡単にお茶の間で「あんなの死刑よ」と言っていた人が、言えなくなるんじゃないか。そういう予測もありますね。民意がより直接的に司法に介入するから、加速的に死刑判決が増えるとの見方もある。どっちだろう? わからないんです。

―― 人間性善説に立つと、楽観できそうですが。もっと乱暴な空気が生まれるかもしれない。もういいから早いこと決めて、さっさと家に帰りたい、仕事に戻りたい。そんな人が個別の法廷での空気を牽引しないとは言い切れない。

 かつて小林よしのりさんと対談したときに、あなたは性善説だと言われました。否定しません。僕は、人は善なる生き物だと思っています。でも同時に、この善なる部分がときには人を傷つけたり加害したりも殺したりもするんだと思っています。

 だからとてもネガティブな性善説です。人は善性を持つから信じましょうとか、まったく思っていない。

―― ワタシは、森さんが人に会うことで心を揺らがせる。そこに共感するんですが。しかし、揺るがない、揺らがないために人との関係を遮断してしまっているのが現代だとも思う。たとえば、森さんを嫌いと思ったらどんなことがあっても嫌いという判断を変えない。そういう空気が濃いと思うんですよね。

 たしかに、意外と人は揺るがないものですよね。まあ僕を嫌う人は仕方がない。顔だって怖いし、そもそも万人受けするタイプじゃないですから(笑)。

 読後の感想やレビューなどで、「読んだ。とても考えさせられた。でもやっぱり死刑は必要だ」という人がけっこういる。なるほど確かに揺るがない。でも同時に、「廃止論だったけれど読み終えて揺れている」という人もかなりいて、もちろんこの逆の方もいるわけだけど、……なんか不思議ですね。とくに死刑というジャンルは、その人の思想や哲学に結びついているものだからということもあるかもしれないけれど。

 現状の廃止国も、半分近くは死刑の存置を切望していて、その意味ではせめぎ合いが常にある。

―― 全国犯罪被害者の会の幹事をされている松村さん(1999年の音羽幼稚園児殺人事件で孫をなくされた)が語っておられますが、刑務官に心の負担を与えるから死刑は廃止しようということなら、自分たち遺族がボタンを押す。そう語るいっぽうで、刑務所を訪ね、服役囚の更正のことを考えようとされている。

 個的な怒りと、社会を変えようと行動すること。その両端に振り切れながら一日一日を生きている遺族の話を聞くと、一般にイメージされがちな被害者像はうそっぽくなりますよね。

 そうですね。

森達也の結論は変わるか?

―― 最後に。しつこいかもしれませんが、本当に、会えば「この人を救いたい」との思いが生じるものなのでしょうか。それは森さんだからなのか、変わらないと思い込んでいるワタシであっても、そのとき変化は起きるものなのか。そこは疑問であり、知りたいところなんですが。



森達也(もり・たつや)

 だって、それは朝山さんと会って話すと、電話で話すのとではちがうでしょう。それで、もしも明日の新聞で、朝山さんの死亡記事を見たとしたら、今日ここで会ったかどうかというのはちがう感情になる。それは当たり前のことだけど、その感情をどれだけ広げられるかどうかということだと思う。

 これは書き終えてからわかったことなんだけど、かつてオウムの麻原の主任弁護人で今は和歌山カレー事件や光市の母子殺害事件の被告を弁護している安田好弘さんも、弁護するかどうかは相手に会ってから決めるという。

 ただ彼の場合、会うと引き受けざるをえなくなる。それを彼もまた嘆いていたりする。この心理については自分にちょっと近いと思いました。

 会えば、助けたいと思う。それなのに助けられない。だから、会わなければよかったと悔やむ。でも懲りない。……ただ、「助けたい」という感情を広げすぎてしまうと、辛くなりますよね。世界の人ぜんぶの幸せを願わないといけなくなる。

 飢餓や戦争はいくらでもある。おそらくは数秒単位で、多くの人が、悲惨な境遇の中で死んでゆく。そんな世界に僕たちは今生きている。すべてに感情移入しようとしたらこちらも生きていけない。感覚を遮断せねばならない。つまり他者性です。

 この他者性と当事者性のバランスが大事なんです。

 「(この本の話は)聞きづらいでしょう?」と森さんは、インタビューを終えようとしたときに聞いてきた。「今回、いろんなインタビューを受けたけれど、みんな聞きあぐねている感じがするし、僕も答えようがない質問が多い」。旧知の記者であっても奇妙な間があいてしまう。物腰はやわらかに「なんでかなぁ」と、森さんはつぶやいた。

―― 結論がはっきりしないからではないですか。

 結論は出しているんだけど。これほど、最後に「僕はこう思います」って、明確に言い切ったことは、かつてないんだけど。みんな結論にはなかなか目が行かないみたいで。まあ本の中の揺れが感染したと考えれば、ある意味で本望ではあるのだけど。

―― あるいは、読者一人ひとりが自分にひきつけて考えることで、ゴールにたどりついた時点では、森さんひとりの結論をもはや期待していないのかもしれない。あるいは、すごろくでいうと、森さんに先に上がられてしまった。途中まで、一緒に悩んでいたのに、置いていかれた戸惑いがあるのかもしれません。

 なるほど。それはあるかもしれないですね。

 編集者の鈴木さんによれば、森さんは、最後の原稿を書き上げるまで、ふだんの何倍もの時間がかかったらしい。結論部分は力技な印象がなくはない。もしかしたら数年後には変わっている、その可能性はないのだろうか。森さんに訊ねてみた。

 「うーん」と間があいたが、そのあとの言葉は、意外にもきっぱりとしたものだった。

 客観的にはあるかもしれないけれど、主観的にはないでしょうね。

(取材・文/朝山実 編集/連結社 撮影/佐藤類)

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