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日本における死刑制度に対する近年の動き

日本における死刑制度に対する近年の動き

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日本の刑法では、内乱罪及び外患罪が存在し、最高刑は死刑であるが、政府や裁判所は適用に極端に消極的でもある。 しかし、政治犯以外での凶悪犯罪に対しては、日本の裁判所は近年積極的に死刑判決の判例を出し、処刑も速やかに実行されるようになってきている。日本国憲法における死刑の合憲性については、1948年の最高裁判決[43]において判断がなされており、「異常な方法」(例えば「釜茹で」)でなければ死刑も憲法違反に該当せず、許されるという。

日本は、1989年の死刑廃止の任意条項にアメリカ(上段で述べたとおり一部の州では調印済み)、中国やイスラム諸国とともに調印しなかった。1994年には亀井静香議員を中心とする超党派の議員連盟「死刑廃止を推進する議員連盟」が発足し、日本における死刑廃止の動きは組織化されている。しかし現在でも各国任意の「死刑廃止条項」には批准していない。さらに、ここ数年、世論および法務当局が厳罰化推進の流れにあって死刑存続派が勢いを増しており、死刑判決及びその執行が増加傾向にある。この動きが顕著になったのはオウム真理教による事件以後、犯罪報道の過熱化により、一種のモラル・パニックが生じた事が背景にある。

日本において死刑執行を最終判断するのは刑事訴訟法475条の定めにより法務大臣が指定されている。検事長が法務大臣に死刑執行に関する上申書を提出したうえで、法務省刑事局が、確定死刑囚について裁判に提出しなかった証拠記録を送付するよう命令したうえで死刑執行起案書を作成し、法務大臣に上申する。この法手続きは司法権が下した生命を奪う刑罰を適用する判断を行政権が再度チェックするために設けられたものである。そのため法務大臣の裁量権のなかに主観的判断が介在するといわれている。そのため中垣國男法務大臣のように在任中に33名の死刑執行命令を出したり、田中伊三次法務大臣のように記者の前で一度に23名の死刑執行命令書に署名するなど、死刑推進に熱心な大臣もいれば死刑執行命令に消極的な大臣も存在する。実際に苦悶しながら署名する法務大臣も少なくないが自己の信念で死刑執行を拒否した法務大臣もいる。

戦後の1964年と1969年および1990年から1992年までは死刑執行が行われなかった。そのうち1964年は、当時の賀屋興宣法務大臣(在任1963年7月-1964年7月)は元A級戦犯であり、収容されていた巣鴨プリズンで東條英機らA級戦犯7名が絞首刑に処されるのを見送ったうえに最期の叫びも聞いたため心情的にできなかったという。後者の1969年は当時の赤間文三法務大臣が「勘弁してくれ。今度、俺にお迎えがきたらどうする」などと発言して署名を拒否した。

1990年代初期のモラトリアム(死刑執行一時停止)は長谷川信から梶山静六、左藤恵、田原隆と歴代の法相に引き継がれた。特に自分が浄土真宗の住職であるという信仰上の信念から、死刑執行命令書に署名しなかった左藤恵(在任1990年12月-1991年11月)の例がある。しかし1993年3月26日に三人の死刑が執行され、このモラトリアムは終わった。当時の警察官僚出身の後藤田正晴が「法秩序、国家の基本がゆらぐ」(国会答弁)として再開させた。これは死刑執行が途絶えることで事実上死刑制度が廃止になることを危惧した法務官僚の意向があったともいわれている。

近年では弁護士出身で真宗大谷派の信徒である杉浦正健法務大臣(在任2005年10月-2006年9月)が、就任直後の会見で「私の心や宗教観や哲学の問題として死刑執行書にはサインしない」と発言したものの、1時間後には記者会見を開いて撤回した。結局、杉浦法相は死刑執行することなく任期を終えたが、職務を執行しないのであれば法務大臣を受けるべきではないとの強い批判があり、以後の法務大臣任命に影響を与えた[47]。

杉浦の後任である長勢甚遠は、2006年12月25日に4人の執行書にサインした。「執行を1年でも途絶えさせてはならない」という法務省の強い意向が、異例の年末の執行になったとされる[48]。

2007年8月23日に、新たに東京拘置所の死刑囚2人と名古屋拘置所の死刑囚1人の合計3人に死刑が執行された。これにより、長勢甚遠法相の下では3回目で、8ヶ月の間に死刑執行が累計10人に達した。3年4ヶ月の中断を経て、後藤田正晴法相が1993年3月に再開以降の20人の法相の中で最も多い執行数である。次に就任した鳩山邦夫法相も同年12月に3人を執行したため、2007年に執行されたのは9人となり、1976年に12人が執行されて以来、この30年間でも最も多い数である。これにより、現在収容中の死刑囚は104人となり、執行再開以降の執行数は60人となった。


[編集] 厳罰化傾向の強まり

「犯罪被害者の権利確立」「被害回復制度の確立」「被害者の支援」を訴える全国犯罪被害者の会の活動や、光市母子殺害事件といったマスメディアを席巻した凶悪事件を契機として、犯罪被害者や家族ないし遺族への心理的ケアの問題が以前にもましてクローズアップされている。そのため世論の犯罪者に対する動向が厳罰化への傾向が強まっているとされている。特に1990年代の『失われた10年』の日本においてマスコミを席巻した凶悪事件が続発したため、死刑存置派が「被害者感情」を前面に主張したことも厳罰化の一因がある。

刑罰自体も懲役刑の最高有期年数が20年から30年に引き上げられたほか、交通事故に対する刑罰の厳罰化が図られたが、従来よりも死刑ないし無期懲役の判決が宣告される刑事被告人も急増することになった。この傾向は近年顕著になっており、2006年に日本で言い渡された死刑判決は44件(控訴棄却決定により確定した麻原彰晃を含めると45件)と、裁判所別の統計があり、1979年(昭和54年)以降では過去最多となった。死刑が確定した人数は20人(麻原を含めると21人)で、これも1964年以来42年ぶりに20人台となった。

近年の犯罪白書や警察白書は「治安の悪化」という観点からまとめられることが多く、マスメディアにおいても、「外国人犯罪の急増」「少年犯罪の悪化」などといった「体感治安」を悪く感じさせる報道の仕方がされることもあるが、殺人等の凶悪事件の発生件数そのものは減少傾向にある[49]。

「従来の量刑基準なら無期懲役だった事件でも、死刑が言い渡されるようになっており、厳罰化を求める世論の影響ではないか」との指摘がされている。「平成12年(2000年)の改正刑事訴訟法施行により、法廷で遺族の意見陳述が認められたことが大きいと思う。これまでも遺族感情に配慮しなかったわけではないが、やはり遺族の肉声での訴えは受ける印象がまったく違う」とコメントしている現役裁判官もいる[50]。

2009年から導入予定の裁判員制度では、日本が世界で唯一の参審制裁判で国民が死刑を選択できる国であるため、凶悪事件、特に死刑を適用できる事案に対する厳罰化感情が無視できない影響を与えるとの指摘がある。その一方で被害者感情に応える為とはいえ、近代刑罰がいさめる応報的な復讐を国家が率先して行うようになっているとの批判もまた存在する。


[編集] 世論調査

日本では、政府の総理府(現在の内閣府)が5年毎(平成時代以前は不定期)に実施している世論調査において死刑制度に関する調査が行われている。以下は最新の調査結果である。

「死刑制度に関してこのような意見がありますが、あなたはどちらの意見に賛成ですか」(2004年12月内閣府実施「基本的法制度に関する世論調査」から引用)

(ア)どんな場合でも死刑は廃止すべきである‐6.0%

(イ)場合によっては死刑もやむを得ない‐81.4%

わからない・一概に言えない‐12.5%

このように、司法当局は近年の世論調査では8割以上が死刑存置に賛成しているとしている。

この数字は1967年に行われた昭和42年度世論調査「死刑に関する世論調査」で死刑肯定意見が70.5%であったのと比べると増加している。なお、この世論調査は1956年(死刑肯定意見65.0%)に初めて行われ、1967年、1975年、1980年、1989年、1994年、1999年、2004年に行われている。また世論調査の設問が毎回違う[51]ため、恣意的な設問との指摘[52]もある。実際にアンケートの取り方によっては、死刑に変わる適切な刑罰が存在すれば死刑は必要ないとする消極的賛成も相当いるとの主張もある。

また、研究者による法曹関係者へのアンケートでは、法学研究者や弁護士の過半数が死刑反対である一方で検察官や警察官は多数が死刑賛成である[53]など、法制度における立場の違いと見ることができる。ただし、検察官・刑事裁判担当の裁判官は職務上死刑を求刑・判決しなければならないため、必然的に死刑反対派は少なくなる。死刑に反対することを理由に検察官を止めて弁護士になった元検事[54]、死刑判決をしたくないという理由で民事裁判のみを希望する裁判官[55]も存在する。

この世論調査の高い死刑存置支持率を理由として、司法当局は死刑執行のペースを以前より早めているとの指摘もある。実際に鳩山法務大臣は国連で死刑執行モラトリアムが可決された事に関係なく、2007年12月と2008年2月に、それぞれ3人ずつの死刑執行を行い、記者会見でその事実を公表するとともに死刑囚の犯した犯罪を厳しく指弾している[56]。

日本では死刑制度存置を強く主張する政治家は、検察官など法務官僚に一定の支持を得る必要がある現職の法務大臣以外は実はほとんどいないとの指摘がある。たとえば東京拘置所の処刑設備を見学した事のある国会議員の保坂展人が、インターネット放送局「ビデオニュース・ドットコム」で死刑制度に関するディベート番組が制作されたが、保坂は死刑廃止論者として出演したが、死刑存置派の国会議員を放送局で探したところ誰も出演しなかったため、仕方なしに刑法学者が出演したという。そのため保坂は死刑推進派といえる国会議員は実際には存在せず『小選挙区制になったことから、多くの人の支持を得る為には死刑廃止とはいえない、俗論におもむっているだけである。そのため(欧州諸国とは違い世論を政治家が変えようというリーダーシップがないので)日本はみんな横並び意識が働いている』と主張[57]しており、実際は死刑制度を存置するのは一般世論に迎合している政治家の不作為だとしている。

[編集] 秘密主義

日本の法務省は刑務所などの刑事施設や刑罰の執行状況などの情報をなるべく公開していない。とりわけ死刑執行に関しては秘密主義(行刑密行主義)が貫かれてきた。特に死刑執行のに関しては、日本弁護士連合会がこの秘密主義を非難する声明を出し続けている。特に2006年末の執行では、欧州連合から死刑囚に執行の告知がないことが人権上問題があると強く批判された。また近年の死刑囚の待遇は面会交渉権を著しく制限するなど昭和時代中期と比較しても待遇が悪化しており、死に対する恐怖だけでなく拘禁作用によって精神に異常をきたす死刑囚が存在しており、いくら凶悪な犯罪者とはいっても人道とはかかわりがないということは問題ではないだろうかとの指摘[58]もあるが、死刑囚の待遇は公式には伝えられることはない。

日本では、2007年まで法務当局が処刑の事実(執行者の氏名等)を公式に発表することがなく、死刑囚に対し処刑の日の朝まで告知しない秘密主義をとっている。このことに対する国際的批判も根強い。この方針に対し法務省は、事前に死刑執行日が判ると、本人の心情の安定が害されるほか、死刑執行反対の抗議行動が起きる問題があるからだという[59]。ただし1970年代ごろまでは、一部の刑務所で死刑執行を前日に対象者に告知する事も行われていたようである。しかし1975年に福岡拘置所で死刑執行直前の死刑囚がカミソリ自殺する事件があったため[60]、拘置所の責任を回避するため現在では死刑執行を知らせないのは死刑囚の精神の安定のための措置と主張される場合もある。しかし、毎朝いつくるか判らない死刑執行通達におびえた上に、そしてある朝突然に(朝食の後の午前9時だという[61])死刑執行を告げ、家族や弁護人とも最期の別れをさせずに死刑を執行する慣習に対して、死刑賛成派でも日本の死刑執行の秘密主義に対しては批判的な見解も多い。

反対派は日本における最近の死刑執行は、ほぼ例外なく、国会閉会直後、年末[62]、閣僚の交代時期、重大ニュースの発生時期[63]など国民の関心が分散しやすい時期に、政府側が意図的に死刑の存廃が議論となることを避けて執行していると主張する。ただし近年は国会の開催中であっても、法務当局が『国民の死刑存置支持率』が高いとして死刑執行が行われるようになっている[64]。

賛成派は死刑執行の手順上、法務大臣の辞任直前に執行書に署名が行われることは手続き上の結果であり、死刑執行日の多くが木曜日ないし金曜日に行われるのは、刑場の準備に時間がかかるためであると主張している。実際に死刑執行命令書が法務大臣から通達されるのは処刑5日前(例外もあるとみられる)とされ、その間に処刑設備の調整に時間が掛かるためである。なお法律上は元旦と大晦日、大祭祝日は死刑の執行は行えないと規定されているほか、土曜日と日曜日の執行も以前から行われていない。

司法当局は以前は『死刑囚の家族の心情に配慮する』ためとして、死刑執行の事実を公式に認めなかったため、白書による総数のみの発表であり、かつては報道機関が情報を摑めなかった為に死刑囚の命日すら不明のケースもあった。この秘密主義を改善するとして、1998年には当時の中山正三郎法務大臣が『死刑の執行は裁判所の判決に基づいて法務省が行う行政行為だ。行政の情報公開を進める為にも、また、死刑制度を正しく議論する為にも、死刑の執行の有無については国民に知らせるべきだ』と延べ、同年11月以降はマスメディアに対し「本日、死刑確定者に対し死刑を執行した」と事実が公開(実名は公表されないが報道機関の取材で判明する)された。以後死刑執行の部分公表が慣例化された。

特に死刑執行に熱心だった長勢法務大臣は、2007年8月には「国会閉幕中」「内閣改造前」「首相外遊中」という死刑反対派が指摘する執行条件が揃っていたため3名の死刑が執行された。また長勢は周囲に「任期中二桁を執行する」と漏らしており、法務省も「執行を増やすことが大切」という状況[65]だったといわれ、実際に任期1年未満で10人の死刑執行命令書に署名した事になり、その意味では公約は果たしていたといえる。次の鳩山邦夫法務大臣が2007年12月から誰に死刑を執行したかを実名で明らかにする事をはじめ、2008年2月には法務大臣自身の記者会見で死刑囚の罪を批判すると共に実名を公表したが、死刑囚に事前に死刑執行を伝えないことに対する批判についての改善が行われているかは不明である。

[編集] 裁判員制度と死刑

2009年に始まる裁判員制度により、死刑判決の可能性のある事案を国民が裁判官とともに審理することになる。そのため死刑廃止に向けた活動を行っている団体などから、国民の間で死刑制度の存廃について議論がより深く広がることが期待されている。ただ、裁判員法第18条の規定[66]にもとづき、死刑の適用が問題となる事件においては死刑を前提とした量刑の判断について質問(具体的には死刑に対する考え方などにも)を行い、不公平な裁判をするおそれの有無を判断すると規定されたこと[67]から、一方的な裁判員選定が行われる可能性がある。実際にアメリカでは陪審員の選考に際し検察・弁護側双方が恣意的な選定を行っていることが問題になっている。

日本の裁判員制度では、裁判員として参加する国民が有罪か無罪かとともに量刑を多数決(9人中5人以上)で決定[68]。そのため、場合によっては国民が同じ国民に対して死刑を宣告する形式となる。そのため日本ように国民が裁判官として参加する参審制(陪審制は無罪か有罪かを判断するもので、通常は量刑までを決定しない)を採用する国で死刑を宣告できるのは世界唯一(ほかの参審制導入国は欧州諸国の死刑廃止国のみ、死刑制度存置国では韓国で2008年に裁判員制度が始まったが死刑は凍結中)である。2審では従来どおりの職業裁判官による公判が行われるが、裁判が1審で確定した場合、一般国民が死刑を宣告したことになる。そのため一般国民が場合によっては「人殺し」になる危険性があり、死刑制度を廃止した上でなければ裁判員制度を導入すべきではないとの指摘が死刑廃止論者側[69]から提示されている。

2008年3月に「死刑廃止を推進する議員連盟」が、裁判員による死刑適用について「死刑という重い判断はより慎重に決定されるべきだ」として全員一致を条件とする裁判員法改正案を作成する方針を明らかにしている。これは導入される裁判員制度では原則多数決で量刑が決定するが、死刑判決たけは全員の賛同を必要とし、もし反対者がいれば仮釈放のない終身刑に自動的に可決するというものである[70]。なお、余談であるが、アメリカ合衆国の陪審員制度も全員一致が評決の条件となっている場合が多い。

[編集] 高齢死刑囚の処刑

日本では死刑を求刑出来る最低年齢は犯行時18歳とされているが、最高年齢については明文化はされていない。ただし、死刑は健康を害していない死刑囚のみに執行されると刑事訴訟法に規定されているため、高齢を要因として健康を害した死刑囚には死刑が執行されないのではないかとの指摘があった。実際に80歳以上で獄死した死刑囚も少なくはない。

戦後、最高齢での執行は70歳(1985年5月31日執行)であったが、2006年12月に77歳と75歳の死刑囚が死刑を執行された。このケースの75歳の死刑囚は、遺言で身体の衰えによって立つこともままならない状態であったと述べている[71]。2007年12月にも73歳の死刑囚の死刑が執行された。今後は死刑確定から年数が経過している高齢死刑囚の執行が増える事が指摘されている。最高裁は2004年11月19日に当時77歳の女性(保険金殺人)に死刑判決を下しているため、世界史上稀な80歳代で死刑が執行される可能性[72]もあるといえる。

[編集] 国外逃亡犯と死刑

日本で犯罪を犯した外国人犯罪者が死刑廃止国へ逃亡した場合、日本が死刑存置国であることを理由に犯罪者の引渡しが拒否される場合もある。

日本国内で殺人を犯し、海外逃亡したイラン人がスウェーデンで拘束された事例では、両国間で犯罪者引渡条約がないため、日本側が任意の引渡しを要請したが、死刑にしない保障をしないかぎり応じないとされた。この事件では、過去の判例の上では量刑が死刑となるようなケースではなかった(喧嘩による偶発的な殺人で計画的な殺意はなかったという)が、裁判を行う前に死刑にならないことを保障することは不可能であったため、結局引き渡されず、スウェーデンにおいて代理処罰された。

現在のところ、日本と逃亡犯罪者引渡し条約があるのはアメリカと韓国だけであるが、今後国際犯罪が増える場合、カナダのように死刑適用の可能性のある犯罪者の引渡しの拒否を明言している国に逃亡した場合、捜査の障害になる危惧もある。

[編集] 鳩山法務大臣の死刑制度への発言

2007年9月に鳩山邦夫法務大臣が、「法務大臣による署名」を廃止して死刑を自動化できないかと発言。法務大臣を死刑執行の責任から開放し、かつ刑執行の効率化を図り、未執行者が増加している現状に対応する事を意図して提言をおこなった。具体的には死刑執行決定権を法務大臣から剥奪し、司法当局が死刑執行者の決定を機械的(鳩山は乱数表と表現)に行い、主観的かつ恣意的な判断を介在させず、死刑囚個々の状況を考慮せずに行うできとのものであった。

この発言に対し、死刑廃止を推進する議員連盟会長亀井静香衆議院議員(国民新党)は強く批判した。[73]このなかで、亀井は「本当は死刑の執行命令をしたくないのが本音だろう」との主旨を発言している[74]。実兄の鳩山由紀夫は死刑制度の存置に理解を示しつつも「弟としてはある意味で多少軽率な発言だった」と話したという[75]。また、死刑の自動化の弊害としてイギリスにおける死刑制度が廃止された理由は「刑執行後に絶対的冤罪が判明(エヴァンス事件)」であり、その制度の欠陥に気付いていなかったといえるまた死刑執行は「司法判断を受けての行政処分」というのが基本であり、法務大臣が事実上三権分立の統治機構を理解していなかっと指摘[76] された。

また現在の刑事訴訟法の基礎を構築した団藤重光元最高裁判事(死刑廃止論者でもある)は、大臣が開催した勉強会の中で、死刑執行を自動化するのは法手続きの厳格化を定めた刑事訴訟法の精神に反しており、法律学に対する不勉強が著しいと指摘[77]した。また団藤は「鳩山大臣は世界の大勢を知らなさすぎる」と批判[78]した。

鳩山大臣は法務省内に死刑執行のあり方を検討する勉強会を発足させ、様々な方面で議論がなされている。たが、あくまで死刑制度の現状維持が基本路線となっている。また、それまで公式には全く行われてこなかった死刑囚に対する処遇に対する情報のうち、死刑の結果を実名とともに公式に発表する方針を打ち出し、2007年12月、2008年2月1日の死刑では実名報道をしているほか、2008年2月には死刑囚の病死の事実を公表している。

2007年12月18日に国連総会において、死刑の執行停止を求める総会決議を採択したが、鳩山大臣は『世論には死刑制度や死刑執行にかなりの支持がある。国連の決議があっても我が国の死刑制度を拘束するものでは、まったくない』と発言したほか、決議前の18日の閣議後の記者会見では『死刑を存続するかしないかは内政の問題だ』という日本政府の立場を改めて強調した。ただし同総会では北朝鮮による日本人拉致問題等に対する「北朝鮮の人権状況を非難する決議」も採択しているため、同じ総会で採択された決議案に対し、日本が異なる対応をした事になった。そのため神奈川大学法科大学院の阿部浩己教授(国際法)から『自国に有利な決議は最大限利用し、不利なら『意味がない』では説得力がない。日本は決議に反対することによってどんな社会を実現したいのかを主体的に示すべきだ』と批判された[79]。

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死刑問題

死刑存廃問題(しけいそんぱいもんだい)とは、死刑制度の是非に関する問題のことである。たとえば死刑制度を維持している国では刑罰の一つとして死刑を存続させる死刑存置論と死刑制度を廃止させるほうが適切であるとする死刑廃止論との議論である。前者の場合、現状維持派とみなされる場合もあるが、死刑の適用は裁量的なものであり、適用が拡張される場合も縮小される場合もありえるため、必ずしもそうとは言い切れない。なお死刑制度が廃止されている国の場合には死刑復活問題となるが、現在では、その復活する理由として、テロリズムに対する抑止力として主張される。

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