Top >  死刑問題 >  日本における死刑制度に対する歴史的動き

日本における死刑制度に対する歴史的動き

powerd by 楽市アド360

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%BB%E5%88%91%E5%AD%98%E5%BB%83%E5%95%8F%E9%A1%8C#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E6.AD.BB.E5.88.91.E5.88.B6.E5.BA.A6.E3.81.AB.E5.AF.BE.E3.81.99.E3.82.8B.E6.AD.B4.E5.8F.B2.E7.9A.84.E5.8B.95.E3.81.8D

近代以前

日本では、平安時代に仏教思想や穢れ思想、怨霊信仰などの影響から、嵯峨天皇の勅令(弘仁の格・818年)により平家政権の成立まで死刑が停止されていた時代がある。この時代、中央政界では政変がしばしば起きたものの、武力が用いられることはなく、政争の敗者は寛刑により死一等を免れ、後に政権復帰することも可能であった。[41]

中世は自力救済の時代であり、殺人に対しては、報復殺人のほか加害者代理人を殺害したり、加害者宅を破壊する場合や金品で代行する場合などさまざまであった。現代日本の死刑存廃論で引き合いに出される仇討ちは、近世で武士階級にのみ例外的に認められたもので、自力救済の名残といえる。

江戸時代における死刑制度は、火付け(放火)は火あぶりの刑、10両(現代の価値に換算して150-200万円前後)以上の窃盗は死罪(「十両盗めば首が飛ぶ」)となっていた。また奉公人による主人の傷害も死罪になっていたことから犯罪抑止効果よりも、むしろ見せしめのための厳罰という政策が見て取れると同時に、刑罰の威嚇により幕府の権威を高めようとする目的があった。刑場までの道行きには、下層刑務官僚に幟や刑具を持たせて仰々しく行進させ、莫大な経費を要したという。

8代将軍徳川吉宗の治世に大岡忠相が編纂した法典『公事方御定書』によって死刑の種類は火刑、獄門、死罪、切腹などに限定され、残虐なやり方による死刑を制限する方向へとつながった。ただし公事方御定書は江戸町奉行のみが閲覧を許される秘法であったため、民衆に事前に刑罰の適用範囲を予告する罪刑法定主義による死刑が行われていたわけではない。そのため秘密主義による恐怖感を煽る効果が期待されていたといえる。

なお、江戸時代の国家体制は幕藩体制であったため、地方では独自の刑罰が行われていた。たとえば金沢藩では腰斬と斬首を組み合わせた三段切りという処刑方法があった。 一方で尾張藩の徳川宗春の治世の間、尾張藩ではひとりの処刑者も出さないという当時としては斬新な政策も打ち出している。


[編集] 明治維新以後

明治時代になっても明治政府初期は江戸時代の立法を準用していたため、引き続き江戸時代の刑罰が実施されていた。1870年に暫定刑法である新律綱領を定め、死刑を「斬罪」と「絞首」の2種類に限定した。この網領で刑法典の出版と頒布が初めて認められ、罪刑法定主義が一応担保された。1873年の改定律例では欧米の近代刑法の影響を受けて、刑罰を簡略化して残酷な刑を廃止した。フランス刑法典を基本に日本社会の特性を加味して1880年に制定された刑法(旧)は絞首のみに死刑執行方法が限定された。この刑法によって江戸時代と比較して死刑が適用される犯罪は大きく限定されることになった。また例外として大日本帝国の兵士に対して適用された陸海軍軍法(陸軍刑法および海軍刑法)は最高刑として銃殺刑による死刑が存在した。

近代日本において死刑制度廃止法案が帝国議会に提出されたのは1900年のことで、安藤亀太郎、高須賀穣、根本正らが共同提出した。これは当時欧州の死刑廃止論の影響を受けた小河滋二郎ら実務派が主張していたことが背景にあるが、大きな社会的潮流になることはなかった[42]。

1908年には現行刑法が施行され、現在まで幾度かの改正が行われているが、基本的には現在と死刑が適用される犯罪は変わらない。しかしながら死刑適用犯罪として皇室に関する罪のうち、天皇及び皇族を殺害もしくは危害を加えようとする大逆罪は、生命を奪うまで至らず未遂(予備も含む)であっても死刑のみが適用されていた。そのため幸徳事件では24名が、虎ノ門事件と桜田門事件では1名ずつ(朴烈事件は死刑判決を受けたが恩赦された)が死刑になった。戦後になってGHQにより国民主権の理念に反するとの判断から廃止された。以上のことから、死刑の適用事件は日本においても他の近代諸国と同様に大幅に限定されるようになってきているといえる。


[編集] 第二次世界大戦以後

1945年、日本は第二次世界大戦(太平洋戦争もしくは大東亜戦争とも呼称)に敗北したため、連合国の占領政策のもと従来の法制度を民主的に改革することが求められた。刑事政策関係では従来の刑事訴訟法が比較的厳格な法手続きを尊重する英米法に倣ったものに改正されたが、死刑制度自体は存続していた。この時期には戦後の混乱期の凶悪犯罪の増加という背景もあり、死刑の宣告及び執行は多かったが、従来の自白偏重主義の捜査方法が行われていたため、後年問題となった冤罪事件が数多く生じていた。

死刑制度であるが、日本国憲法施行後の1948年3月12日に最高裁判所は死刑制度の存在と憲法の規定は矛盾したものではなく是認しているとの判決を出し死刑は合憲であるとした(死刑制度合憲判決事件‎ [43])そのため、現在でも日本においては死刑制度存置の根拠のひとつとされている。なお死刑囚の恩赦であるが、現在ではまず行われないが、1952年のサンフランシスコ平和条約発効による恩赦では、殺人犯のみで死刑が確定していた者のうち13人が無期減刑されている。また個別恩赦で戦後11人が恩赦されているが、この中には戦時中に樺太で発生した強盗殺人事件の死刑囚のように、ソ連軍が樺太に侵攻したため裁判記録が事実上消滅し死刑起案書が作成できない為に減刑されたもの、少年法の改正(死刑にすることの出来る年齢が18歳以下に引き上げ)で犯行時17歳の死刑囚が無期減刑になった例がある。

戦後日本の国会で死刑廃止法案が提出されたのは1965年3月のこと[44]で、当時の日本社会党の参議院議員ら39名が提出した。この時期に提出されたのは西側欧州諸国で立法府による死刑廃止が検討されていたこともあるが、帝銀事件といった死刑囚の冤罪が疑われる事件が続出していたことが背景にある。また1968年4月に国会に連合国による占領時代に死刑判決を受けた未執行死刑囚を対象にした「死刑の確定判決を受けた者に対する再審の臨時特例に関する法律案」が提出された。この法案の主旨は前述のように冤罪の疑われた死刑囚に再審の途を彼らにその機会を与えるものであったが、この法案が成立することはなかった。ただし、何人かの死刑囚に対しては恩赦で無期懲役に減刑されたが、これは死刑廃止論の象徴となっていた戦後初めて死刑判決を受けていた女性死刑囚(子供を養うために僅かな金銭を強盗し放火殺人した事件、精神異常と結核が亢進し廃人状態だった)を恩赦する政治判断があったとの指摘もある[45]。なお、死刑囚が無期懲役に減刑されたのは1975年6月(福岡事件の死刑囚1人)を最後に行われていない。

これら死刑制度廃止の動きに対して、法務省は総理府(現在の内閣府)が行った世論調査の結果、日本の国民世論が死刑制度存置論が多数であるとして、死刑制度を維持すべしであるとして現在に至るまで死刑制度を廃止すべきではないとの立場を取り続けている。

なお、1946年以降2007年3月までの死刑確定者(自殺・獄死・恩赦減刑を除く)は728人で、それまでに死刑に処せられた者は627人、この時点での未執行者は101人であった[46]。また戦後女性被告人に死刑が確定したものは9人(恩赦減刑1人、執行3人)であり、日本において死刑が適用される凶悪犯はほぼ男性であるといえる。

スポンサードリンク

         

死刑問題

死刑存廃問題(しけいそんぱいもんだい)とは、死刑制度の是非に関する問題のことである。たとえば死刑制度を維持している国では刑罰の一つとして死刑を存続させる死刑存置論と死刑制度を廃止させるほうが適切であるとする死刑廃止論との議論である。前者の場合、現状維持派とみなされる場合もあるが、死刑の適用は裁量的なものであり、適用が拡張される場合も縮小される場合もありえるため、必ずしもそうとは言い切れない。なお死刑制度が廃止されている国の場合には死刑復活問題となるが、現在では、その復活する理由として、テロリズムに対する抑止力として主張される。

関連エントリー

世界死刑廃止デー企画 「シンポジウム」&「新宿デモ」 大阪・東京拘置所で3人の死刑執行…保岡法相で初 死刑廃止して終身刑を導入せよ なぜ死刑制度に賛成/反対するのか 死刑  ~13階段の真実 死刑廃止を論じている団体 日本で著名な死刑廃止論者 日本で著名な死刑存置論者 主な論点 日本における死刑制度に対する近年の動き 日本における死刑制度に対する歴史的動き 各国での動き 死刑制度の世界の現状 死刑についての世論調査 死刑存廃問題(しけいそんぱいもんだい)とは


お気に入りに追加
My Yahoo!に追加 Add to Google
スポンサードリンク
ランキング
  • 死刑廃止問題を考える 関連情報
  • 死刑廃止問題を考える 関連情報2

  • 人気ブログランキング【ブログの殿堂】
    • seo

    TAGGY
    タグで横断検索

    powered by TAGGY
スポンサードリンク